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 「技術の課題を解決し、地域に喜ばれることがメンバーのやりがい」
       

 広島品質工学研究会

 広島品質工学研究会はマツダの技術者ら有志が集い、広島県の地域産業支援に自主的に取り組んでいる。もともと、幅広い地域産業の技術開発をサポートする行政と企業の連携組織として始まった。しかし、対象が自動車業界中心にとどまり、行政も連携から手を引いたため、独立団体として再スタートを切った。メンバーは企業や行政で品質工学などによる技術開発を実践し、指導してきたスペシャリストが多い。地域の多様な産業に貢献する研究会として気持ちを新たに、講演、技術勉強会、個別指導の3本柱で活動に注力している。【2023年10月21日付】     

武重伸秀氏(19.7×29.5)

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             武重 伸秀氏

 「広島品質工学研究会は広島の産業に貢献するのが目的。自主的に活動する『おじさん集団』です」。会長の武重伸秀さんは研究会の意義や特徴をこのように説明する。武重さんはマツダの車両開発本部エキスパートエンジニア。長年、技術開発や技術者の教育をリードしてきた。ほかのメンバーもマツダ、リョービ、あじかん、広島県庁と地域を代表する企業や行政の在籍者が多い。全員、品質工学などによる開発技術に精通している。研究会は武重さんがマツダの技術動向を講演したり、品質工学や品質管理などの最新の技術を教えるアドバンス研究会を開いたりしている。アドバンス研究会は中小企業などが自由に参加でき、技術の悩みも相談できる。技術の個別指導も引き受け、安心して指導を受けられるよう機密保持契約を結ぶ。製品開発の課題を解決したいと相談に来れば、メンバーと一緒になって和気あいあいと知恵を絞る。時には時間を忘れて熱中し、解決策を探り出す。

 コロナ禍の2021年5月には広島のモノづくりの向上を目的に広島経済同友会と協力し、経営者ら同友会会員にオンライン講演会を開いた。経営者に品質工学など技術論を説明するのは珍しく、35人が参加した。開催後にはアンケートを実施した結果、産業に広く役立つ品質工学の魅力に加え、技術の向上や人材育成の観点からも高い関心が寄せられた。広島を元気にしようとする熱い思いは、広島品質工学研究会も同友会も変わらない。同友会とは今後も協業を続ける。アドバンス研究会は技術の用語から最新動向まで広く議論する。参加すれば第一線の技術者らから学べて、技術の適切な理解や実践に役立つ。それまでもやもやとしていた疑問を解決できる参加者が多いという。個別指導では地場産業の技術的な課題解決を後押ししている。

 広島品質工学研究会は再出発するまでに、多くのハードルを乗り越えてきた。母体は、広島市工業技術センターが93年に設立した品質工学研究会にさかのぼる。自動車産業のメッカである広島は当時、マツダにフォードが資本参加するなどグローバル化が進み、マツダも、すそ野が広い協力企業も、生き残りをかけた競争力向上を強く迫られていた。そこで地域の自動車産業を品質工学でレベルアップしようと、産官が手を携えて研究会は発足した。当初のメンバーはマツダや協力企業の技術者が中心だった。旧通商産業省工業技術院(現産業技術総合研究所)で力学部長を務めた元品質工学会会長の矢野宏氏が初代の講師を引き受けた。マツダは品質工学の成果を製造部門から開発部門、業務改革にまで広げ、技術力の向上につなげた。研究会は2000年、多様な業種に参加を促すため「モノづくりの機能性評価研究会」に名称を改めた。15年には広島県立総合技術研究所も共催に加わり、広島品質工学研究会へ改称した。自動車以外に研究所が振興する地場産業の技術テーマも増やし、産官連携のバックアップ体制を整えた。地域産業への技術貢献を認められ、研究会は16年に品質工学会研究発表大会で第1回日本規格協会理事長賞を授与された。

広島は自動車のメッカ(かつての名車・コスモスポーツ)(19.7×26.3)

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広島は自動車のメッカ(往年の名車・コスモスポーツ)

 しかし、17年には広島県立総合技術研究所が地域産業の基礎技術を重視するとの方針から共催の終了を表明。前年には矢野氏も退任した。企業からの相談が減り、立て直しを求められた。そこで、品質工学の普及や指導のみを目的とせず、地場産業の問題解決を支援し貢献する活動中心に改め継続することで、広島県立総合技術研究所と広島市工業技術センターの同意を取り付けた。広島品質工学研究会の会長は、元あじかんの金築利夫さんから武重さんにバトンタッチした。講師も元マツダで福山大学工学部教授の内田博志氏に代わり、参加者は19年まで増加に転じた。だが最終的に広島市工業技術センターも、運営の負担を理由に共催から退いた。武重さんら残ったメンバーは官に頼らず自立する重要性を痛感し、広島品質工学研究会を独立団体として20年に引き継いだ。時代とともに形を変えながらも、90年代初めから広島に根づいてきた品質工学の思考と手法は、脈々と受け継がれてきた。

 広島の品質工学は地場産業に深く根差している。先行してきたマツダは主に車両製造ラインから導入した。製造工程の最適化による品質向上とコスト削減で大きな成果を生み、「オンライン品質工学」を先駆ける実践例となった。その後も車両開発などに進化させた。マツダが自動車づくりを刷新した技術シリーズの「スカイアクティブ」では、エンジン開発にも品質工学を全面的に採り入れた。武重さんは顧客が求める目的機能のニーズをエネルギー変換の視点でとらえ、品質の特性にとらわれず基本機能から作り込む発想を生み、技術開発をリードした。品質管理も融合し技術を「見える化」するマツダ独自の管理技術になる「機能開発」を築いた。モノづくりの技術開発を上流へと進め劇的に効率化する「フロントローディング」や、デジタル技術とシミュレーションで試作を大幅に減らす「モデルベース開発(MBD)」などとともに、革新を推し進めている。任された領域は経営課題を達成する業務改革の推進にまで及ぶ。武重さんは「品質工学や品質管理などの技術をしっかり把握し、開発の上流から実践するのは当然のこと。モノづくりの現場は弱くなっている。技術のメカニズムを考え仮説を立て、さまざまな技術で実証することが、技術者本来の仕事だ」と指摘する。

広島産カキの鮮度を向上(17.3×12.9)

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広島産カキの鮮度を向上

 広島品質工学研究会がこれまで支援した事例には自動車をはじめとする製造業、磨きや溶接などの技能伝承、水産、酒造、農業、家具などがある。研究会の副会長で広島県農林水産局の高辻英之さんは県立総合技術研究所水産海洋技術センターでの勤務時に品質工学を学び、むき身のカキの消費期限を4日から6日に延長する技術を開発した。広島カキは全国シェア60%超を占め、お好み焼きやもみじ饅頭(まんじゅう)と並ぶ食の名物。だが、鮮度が優先されるため主な出荷エリアは広島県と周囲にとどまる。関西では地域の養殖が盛んで、関東では東北産が多い。高いシェアを握りながら全国区になれていない。そこで消費期限を延ばし、関西や関東でも売り込もうとしている。開発したのは養殖カキのむき身をパック詰め後、鮮度を保つ技術。鮮度測定の精度向上を図ったほか、安定的に鮮度を伸ばせる保存方法を検討した。鮮度測定ではエラの重量と鮮度の指標から、パック後の日数ごとに鮮度の違いが従来より明確になる計測方法を編み出した。さらに、むき身の冷却や保管温度・時間、浸け水の水量・塩分濃度、鮮度保持剤、気層、流通時の温度などから安定的に鮮度を伸ばせる加工条件を見つけ、消費期限を6日に延ばせた。すでに13年から養殖3社と流通2社に技術移転し、商品化した。多くの新聞に掲載されるなど話題を呼び、量販用や贈答用に好評を博している。高辻さんは「カキは生産事業者が減り、消費者のカキ離れも進んでいる。鮮度などの魅力や生産性向上が欠かせない」と説明する。県立総合技術研究所は日本の三大酒どころである広島・西条のおいしい酒造りでも品質工学の活用を検討している。

 広島品質工学研究会の副会長代理でリョービの寶山靖浩さんは、工場の空調最適化をはじめ製造分野に取り組んでいる。工場内の温度がばらつくと機械加工の寸法精度も快適性も落ちる。そこで品質工学による温度評価で最適な空調設定を導き、加工機械や温度計測位置が異なっても、プラスマイナス5度の工場内の温度幅を同2度に低減できた。寸法精度が向上し、再加工が不要になり電力を42%削減できたという。ほかにも、工作機械の過去の修理データをグラフに加工して解析し、故障の起きやすい時期や個所を突き止めている。例えば、金型を加工する工作機械は8、9月に主軸ヘッドが故障しやすく、暑い時期によく止まる。調べた工作機械での原因は、主にヘッドの軸受や冷却油ポンプだった。寶山さんは「現場では、どの機械のどこの部品が壊れやすいか感覚的には分かるが、より明確で定量的に把握できる」と説明する。

 農業では広島品質工学研究会前会長の金築さんが、さつまいもで人気品種の鳴門金時のおいしい栽培方法というユニークな研究を実践した。鳴門金時の苗を買って栽培しても、それだけではおいしく育たない。研究会のメンバー全員が協力し、実際の畑で苗から育て、生育の安定性、甘さの糖度、成長の早さ、栽培条件の関係を2年かけて調べた。最適化実験は07年の5月から10月に実施した。最適条件で栽培の確認実験を08年の5月から10月に実施したところ、一定の成果の再現性を得られたという。

様々な業種を支援(17.0×33.7)

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様々な業種を支援

 地域貢献は実を結び始めた。再生した広島品質工学研究会が支援する企業としては初めて、工務店の三四五屋(広島県呉市)をサポートした。三四五屋は住宅や商業・民間施設の設計・設計を手がけている。少子高齢化で中小都市の建設工事は減っているため、新たな事業として個性的なデザイン家具の製造・販売に挑戦した。しかし家具を作るのは初めてで、求められる基準の耐久性を試験する設備もない。そこで研究会のスペシャリストたちに助けを求めた。試作した居間用テーブルの足の付け根の強度が不足し、困っているという相談だった。メンバーは得意な分野ごとに自然と三つのチームに分かれ、知恵を競った。広島市工業技術センターで万能試験機を借り、家具を圧縮して詳しく観察すると、壊れ方や強度の不足を見える化でき、どのように補強すればよいか手がかりを得た。材料の木材を乾燥する工程で変形してしまう影響も、高額な乾燥設備がないと調べられないと困っていた。だが代わりに布団乾燥機を使うアイデアが浮かび、変形のばらつきを計算して評価できた。お金も設備もないない尽くしだったが、熱の入ったメンバーは、アイデアと評価技術で安定した壊れにくい設計を手助けした。武重さんは「破壊や製造の過程をしっかりと理解し、いろんな仮説も立て、必要な評価技術の手法を活用した。はじめに手法があるのでなく、技術者としてやるべきことをできた」と説く。三四五屋は製品化に成功し、体に無害な木材製の家庭用衝立(ついたて)の開発にも新たに取り組んでいる。メンバーもコストをかけずに衝立の変形を抑える方法を考案し、製品化の一歩手前までたどり着いている。

相談企業とメンバーたちの知恵出し(7.4×9.9)

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相談企業とメンバーたちの知恵出し
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

 課題を解決して喜んでもらえるのが、メンバーにはもっともやりがいを感じる。武重さんは「地域で技術開発をしっかり進化させ、技術の伝道師として分かりやすくかみ砕いて伝えていきたい」と意欲を示す。産官のパートナーと手をつなぎ、企業への普及と経営者の理解促進も働きかける。さらに、人工知能(AI)も考え方のレベルで管理技術と融合させれば、強力なモノづくりの思考や道具ができると考えている。AIなどの最新技術も自動車業界で実践して整理し、成果を地域に還元する考えだ。