品質工学会、日本品質管理学会
日本の製造業が苦闘している。かつて世界をリードした家電や半導体なども生産から多くが撤退し、電気自動車(EV)では中国や米国に後れを取った。急成長する海外のライバルにコストやスピード、価値で勝つのが難しくなっている。ニーズの先取りや独創技術で魅力を高めないと、日本ブランドの再生は難しい。品質工学会と日本品質管理学会はこうした認識を共有し、製造業の価値を生み出す共同研究プロジェクトに2018年から取り組んでいる。【2026年02月21日付】
「『当たり前』の品質を極めても(競争力の差別化には)限界がある。顧客になくてはならない存在になるにはどうすればよいのかを実践することで、顧客の課題を解決できる『コト』の価値が生まれる」。品質工学会は25年11月に統計数理研究所(東京都立川市)で第18回戦略研究発表大会を開き、佐藤吉治会長(コマツ技術顧問)がモノづくりからコトづくりへの意識改革をこう促した。並みの品質でも横並び売れていた時代は終わり、価値を認めてもらえないと大手も顧客を失うサバイバルが始まっている。例えば建設機械では、性能の競い合いから建設現場の悩み事を解決できるかが勝負となった。コマツは営業社員が建設現場に入り込み工事周辺の作業や工程管理の負担を聞き取り、飛行ロボット(ドローン)による測量の効率化や施工図面のデジタル化などで軽減する従来にないサービスを始めた。佐藤品質工学会会長は「顧客と徹底的に議論し、ともにコトの価値を作り出そうとしている。コマツの人的・技術的なリソース(資源)をどう使えば貢献できるか、それを実践することで差別化できないかと試行錯誤している」と説く。顧客の悩みを解決し価値を生み出す「感動品質」へ果敢にチャレンジしている。 品質工学会は第18回戦略研究発表大会で、共同研究プロジェクトの成果を経過報告した。品質工学会は日本発の評価技術である品質工学を製造業中心に広めてきた知見とネットワークで、モノづくりのプロセス(過程)技術を支援している。品質管理をリードする日本品質管理学会と足並みをそろえ、共同研究プロジェクトは始まった。的確で迅速なニーズの探索により、価値を創出する新たな方法論づくりを狙いとしている。品質工学や品質管理など日本が強みとする技術開発手法を併せて、コトづくりとともに欠かせない生産効率向上も後押しする。 青山学院大学の石津昌平名誉教授は共同研究プロジェクトのうち「顧客価値創造の上流プロセスの開発」のテーマを報告した。産学メンバーからなるチームを結成し、潜在的な顧客価値を創出する研究を続けている。潜在ニーズは顧客があきらめていたり認識していなかったりする場合がある。研究では顧客の価値向上を起点とし、顧客の事業方針から方針実現の目標、目標達成の具体的手段を枝分かれさせていく視覚的な樹形図を作成した。顧客の事業現場へ入り、顧客とともに手段を発見し価値を高めている企業を参照とした。手段を仮説として顧客に提案し、手段の有効性を評価するサイクルを繰り返す。石津名誉教授は「潜在ニーズはみえず、どう仮説を検証するかが課題になる。顧客にはモノでなく、価値を感じてもらえる『コトづくり』が重要。参照企業は顧客と関係を保ち、モノの扱い方や改善の支援も続けている」と説明する。検証をラーメンで例えれば、価格の壁が1000円とされたらあえて1000円超のラーメンを試作し、売れるか売れないか確かめることが失敗を恐れずできるという。個人のニーズとそれに対するモノ・サービスが、時代とともにどう進化したか図表で網羅する「ビジネスヒストリーマップ」も提案した。音楽ビジネスであれば、初期の生演奏から最新の配信サービスまで一目で流れをとらえられる。「音楽ビジネスの盛衰と顧客の価値観変化が分かり、異なるビジネスの発明と将来のビジネスの予測に役立つ」(石津名誉教授)。一方、研究では仮説の失敗リスクや無意味な失敗、顧客と関係を維持する難しさも議論された。潜在ニーズがもともとあるのか、アップルの「アイフォン」のように独創がニーズになるのか、見方も異なる。ただ、トヨタ自動車はさまざまな運転シーンに基づく顧客要求を80年代から網羅的に整理し、人気車種を早くから世に送り出しているといわれる。ニーズを多面的に検証する方法論は「急がば回れ」になるが、独創できなくても実践しやすい。 日本が依然トップクラスの開発力を握る自動車からは、価値のヒントが常に発信されている。元マツダ車両開発本部首席エンジニアで品質工学会の武重伸秀副会長は、技術開発を商品企画に先行させる「フロントローディング」が最も有効と示す。共同研究プロジェクトで自動車・電機や宇宙航空研究開発機構(JAXA)のメンバーらとチームを組み、「自動車産業の商品開発プロセスの現状と課題 」と題するテーマを論じた。自動車は上流の商品企画から設計、試作、下流の量産に至るまで膨大な工程があり、途中で不具合が分かり上流の方向へ差し戻すと手直しで多大なコストと時間の損失が生じる。そこで、下流方向の技術情報をコンピューター利用解析(CAE)や品質工学の設計などで先に予測し、技術開発へ取り入れ手直しをなくすのが自動車でのフロントローディングとなる。マツダは品質管理も併せた独自のフロントローディングを築き、小規模でも開発力と生産効率を発揮できる事例になる。武重品質工学会副会長は「後工程は(品質工学の)パラメーター設計などを実施せずとも、机上でチューニング(調整)のみで終わらせたい」と強調する。商品、生産、購買、販売の各部門が十分に意思疎通すれば将来必要な技術開発も的確に予測できるという。自動車は二酸化炭素(CO2)削減やエネルギー効率向上、電動化、自動運転化と技術の歴史的な変革期を迎え、フロントローディングの思考が欠かせない。 現状は「開発のフロントローディングが実現できている企業が見当たらない」(武重副会長)という。技術が細分化し部門間のコミュニケーションに壁ができているほか、電子制御の工数・ソフトウエアの不具合などが増大している。自動車では3次元CAD(コンピューター利用設計)などの異なるシステム間でデータの互換性が保証されない難題もあるという。自動車部品を供給するサプライヤー企業の設計負担が増え、サプライチェーン(供給網)に影響が及んでいる。バブル経済の崩壊後は多くの企業が人員を削減し、人材の確保と育成が後回しになった。23年から自動車業界で型式指定の認証不正が相次ぎ発覚した背景には、余裕を失い法規規制にすら対処できなかった苦境が浮かび上がる。世界で勝ち続けるのは容易でない。武重副会長は「企業間で競争する時代は終わっており、国家間での競争が展開されている。日本の自動車産業もそろそろ共同で技術開発を実施する領域、競争することで技術開発レベルを高める領域、企業ごとに実施する領域などに大別して実施する体制を作る時期に来ているのではないか」と提言する。 第18回戦略研究発表大会のパネルディスカッションでは、さまざまな問題点が浮かび上がった。元電機メーカー研究者は「商品企画部門に10年先の技術動向を予測できる技術者が入らないといけないが、そうした組織ができていない。技術者は自由度が高いが責任は重く孤独。適切に仕事の進め方を教え評価する必要がある」と指摘。元自動車メーカー技術者は「人材を育成できず、先を考えるのが役割であるはずの幹部が現場に出て問題解決に当たっている。自分たちの技術をしっかり整理し、品質管理や品質工学などの管理技術から先人の知恵を学ぶ必要がある。それができず我流になり、失敗を繰り返している」と、指導力の低下を挙げた。ニーズの探求と学び直し、産学官連携と、再生のカギは明確にみえている。